山伏とは、日本各地の霊山と呼ばれる山々を踏破(抖擻)し、懺悔などの厳しい艱難苦行を行なって、山岳が持つ自然の霊力を身に付ける事を目的とする。
山岳信仰の対象となる山岳のほとんどは、一般の人々の日常生活からはかけ離れた「他界」に属するものであり、山伏たちは山岳という他界に住んで山の霊力を体に吸収し、他界や現界をつなぐ者としての自己を引き上げて、それらの霊力を人々に授ける存在とされていた。
富士講や熊野詣が盛んな時代には、先達と呼ばれる山伏たちが地方の信者をバックアップするために全国の霞場(講)を組織的に巡回し、ガイドとして参拝に同行した。 ウィキペディアより
山形県出羽三山羽黒山宿坊「大聖坊」の星野先達こと星野文紘氏が屋久島に上陸し、山伏修行をするということで参加してきました。修行場所は屋久島の霊山、モッチョム岳です。
まずは海まで歩いて海でお祈り
いざモッチョム岳へ
屋久島の山でも特に急峻な登りで有名なモッチョム岳。会話が許されない黙々修行で、静寂の森を駆け抜け、いただきへ。
山頂に着くとまずすぐに、祈りを捧げました。この日は3月11日。涙を流してる者もおりました。
ガイド中に祈りを心で唱えることはこれまでたくさんあったのだけど、その祈りを声にあげ、そして他者と共に唱えることは初めての体験でした。何か大きなものに包まれ、心に平穏が訪れたあの感覚は、とても幸せなものでした。
現代登山と山伏の最も大きな違いは、この祈りの有る無しだと、僕は思いました。
あとは、何も違いはないのかもしれません。
「最幸ーっ!」
モッチョム岳の山頂で、そう先達が叫んだ瞬間をおさめた写真です。この瞬間、山伏の今まで抱いていた硬質なイメージは崩れ去りました。僕がガイドでいつも口にする言葉「最幸」。この言葉が先達から発せられた時、
あ〜、ガイドも山ガールも、山伏も、みんな同じなんだなあ。こんな顔になりたくて、人は昔も今も山に入っているのかもしれません。山はしんどいことばかりなのに、なんでか人を笑顔にする力を持っています。それを山伏の人は霊力やカミと呼んでいたのかもしれません。
苦しむために生まれてきたんじゃない。
幸せになるために生まれてきたんだよ。
お山にそんなこと言われた気がしました。
だから自分が幸せになれる山に向かって、ゆっくりゆっくり山登り。
先達の滝行は神がかっていました。70歳を超えた人間とはおもえない霊力をお持ちの方でした。こんなに元気で怖くて優しくてニコニコなおじいちゃんが日本にはいるんですね。そのことが一番嬉しかったです。あ〜、老いを恐れることなくあと30年は確実に自分も人生楽しめるだなあと、先達の背中が新たな哲学を僕に気づかせてくれました。そんな、感動の出会いでした。印象に残った先達の言霊を2つほど。
「山に行くと何でかすがすがしい気持ちになる。だから、人は山に行くと生まれ変わるような気持ちになるんだ。山は赤子が生まれる母のようなもの。生まれでるところ。」
「山伏とは、心に湧いたことを考える学問であり、哲学なんだと俺は思う。」
最後は生まれ変わりの儀式。みんな「おぎゃ〜〜!」と叫びながら焚き火を飛び越え、新たなみんなになり変わって、修行を終えました。
さあ、自分は大好きなガイドに山伏の「祈り」のカルチャーを織り交ぜて、心に湧いた思いを存分に実現していこう。
そして、もう一つ新鮮な時間が。それは、何もしない時間が修行中にたくさんあったことです。はじめは退屈で、早く家に帰ってあれをやりたい!あれをしなくちゃ!と思いは外にばかり向かっていたのだけど、じわじわと内なる心と対話するようになってきて、静の時間がなかなか有意義でした。島に移住してきてガツガツと夢ばかり追ってきて、よく考えればこんな時間は今まで1日もなかったように思います。走り続けた9年間でした。今年は厄年。厄除けのおはらいしてないし、ゆっくりとしっかりと休息も入れながら、今年はスローに燃えてみよう。静の時間の大切さも気づかせてもらえた修行となりました。
「次の貝が鳴るまでゆるりと休んでしゃしゃれ〜。」
「受けたもー!」
修行中に最も交わされた問答。先達以外の者は、この「受けたもー!(了解しました!)」しか口に出してはいけない決まりごとがあって、修行が終わった今、この問答は、修行後の僕に向けてかけてくれていたように思います。次のホラ貝(天からのお役目)が鳴るまで、ゆっくりするとします。
と、思った矢先に、また新事業となるような天からのお役目が、舞い降りてきました。。。笑
「先達、これはやるべきですか。やらないべきですか。」
最後に先達の言葉をもう一つ。
「俺は言葉では教えない。修行は自分自身で気づいていくものだ。」
そうだった。そうだった。
受けたもー!
素晴らしいレポート
受けたもう
有難うございます。
有り難き幸せであります。